キャリアインタビュー
企業経営者や、特定の分野で高い技能を持つプロフェッショナルの方で、「幸せなキャリア」を実現されている方にご協力を依頼し、節目の30代でどのような仕事人生を送られてきたのかをお聞きしたインタビュー記事です。

思えば30代前半までは、一流を目指す一人のプレーヤーとして、「自分が何をやるべきか」ということが重要だったと思うのですが、秘書という仕事では「如何にして関係者に上手く仕事をやっていただけるか」というようなことを考えるようになりました。つまり、外部とのネットワークづくりが非常に重要になってきたということです。

大変ではありましたが、苦労したというよりも非常に充実した毎日でした。しかも、インドネシアは、特に地方の歴史や文化が非常に魅力的ですので、いつの間にかインドネシアが大好きになっていました。

梅野さんは2000年、49歳の時、フォルクスワーゲン グループ ジャパン(株)に転職。同社では入社半年後に社長に就任され、以来、現在まで同社を率いてこられています。このキャリアインタビューでは、30代のキャリアを中心テーマにしていますので、フォルクスワーゲン入社以前のキャリアを中心にお聞きします。

若いころから、社外のネットワーキング、つまり人脈づくりに意識的にも取り組まれていたのですね。最後に読者の方にメッセージをお願いします。

最終的には社内ベンチャーへの参画を決断されたのですね。では、立ち上げ時期のことをお聞かせください。そして、社会人になって以来、どのようにご自分のキャリアを磨かれてきたのかについて教えてください。

大塚さんは、JTBの社内ベンチャーであるJTBモチベーションの事業立ち上げに参画され、現在は同社の代表取締役社長になられているわけですが、まず、JTBモチベーションはどんなビジネスを展開されているのか教えてください。

越さんも、日本興業銀行時代には、プライベート・エクイティやM&Aなど、先駆的な取り組みで業績を上げられました。そうして、常に自分自身のバリューをアップしてきたのですね。ヘッドハンターからのお誘いも多かったのでは?

越さんは、1978年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行で、M&Aやインベストメントバンギングなどを手がけられた後、2000年に経営者として独立され、秋田の企業グループの再生、教育関連会社の業容拡大などを社長、会長、あるいは社外役員として実現してきました。秋田では、瀕死の企業グループの止血・リストラ、組織活性化、販売拡大と安定収益基盤の確立を、自ら前線に立って約3年で経営再建を成し遂げ、その後、5年連続の黒字の目処をつけて会長に退かれたそうですね。




