
キャリアエッセイ
私は、先月6月9日に開催された「第1回A・ヒューマンキャリアセミナー」のパネルディスカッションのコーディネーターを勤めさせていただいたのですが、パネラーとして登場された30代-40代の4人の方のうち、とても大胆なキャリアを歩いてこられた方がいらっしゃいました。差し障りがあるといけないので、本名は書かず、Kさんとしておきます。
「不安」の効用
こんにちは!
A・ヒューマンキャリア塾塾長の松尾です。
私は、先月6月9日に開催された「第1回A・ヒューマンキャリアセミナー」のパネルディスカッションのコーディネーターを勤めさせていただいたのですが、パネラーとして登場された30代-40代の4人の方のうち、とても大胆なキャリアを歩いてこられた方がいらっしゃいました。差し障りがあるといけないので、本名は書かず、Kさんとしておきます。
Kさんは、40歳になった99年、当時勤めていた会社を辞め、紛争が続いていた旧ユーゴスラビア・コソボ自治州に行きます。難民を援助するNPO団体の一員としてボランティアを行うためです。現地には半年ほど滞在しました。
ボランティアに行くに当たっては、会社を休職することも考えたそうです。しかし、これは難しいことがわかり、思い切って退職することにしたのです。ちょうどその頃は、当時の会社におけるキャリアについて悶々としていたとは言え、コソボ行きは突然の決断でしたし、ボランティアを終えて帰国した後の再就職の当てはありませんでした。
しかも、Kさんには家族がいました。ですから、会社を辞めるだけでなく、運が悪ければ命を失う危険のある地域に行くということで、家族・親族とも大反対だったそうです。しかし、Kさんは反対を押し切り、コソボに向かいます。結果的には無事帰国され、再就職もスムーズにいきました。
私に言わせると、ずいぶんと「無謀なキャリアチェンジ」です。もちろん、これは非難しているわけではありません。Kさんには、ボランティアをやらずにはいられない確固たる理由があったのでしょう。(そこまで深く突っ込んではお聞きできなかったのですが)
しかし、ちょっと不思議だと感じたのは、この大胆なKさんが、実は、常に不安を抱えてきたということをおっしゃったことです。この背景には、Kさんは大学を卒業してこれから社会人になるという時にある病気を発病し、20代はずっと病気を治療しつつ働かなければならないというつらい日々を送っていたことがあります。Kさんは、ご自身の20代のことを「暗黒の20代」と表現されていました。確かに、健康な同僚たちほどには無理ができなかったでしょうから、社内でのキャリア形成も遅れ気味だったのかもしれません。不安だけでなく焦りもお感じになっていたんだろうと思います。
ただ、今Kさんのキャリアを振り返ってもらうと、「不安」を抱えていたことが逆に良かったんじゃないかなと私は感じました。というのも、「この先大丈夫だろうか」という不安を跳ね返すためでしょう、コツコツと語学力などを磨く努力を続けてこられたからです。Kさんは、英国の大学院の修士課程も修了されていますし、ヨーロッパ各地での滞在中も、きっちりと成果を出してこられています。つまり、不安だからこそ、いざというときに途方にくれないよう、普段から周到な準備をしてこられたのです。実際、Kさんが会社を辞めてコソボに行くことを決めた時も、帰国後の再就職先に困ることはない(それだけの能力や経験がある)だろうという読みがちゃんとあったのです。
「不安」のようなネガティブな感情を継続的なスキルアップの原動力として使うことは、とても有効なことだと思います。不安とは、将来に怒りうる様々なリスクを感知しているということです。そのリスクを感知して引きこもってしまうのではだめですが、リスクに備えて、自分がやるべきことをやっておこうというポジティブな行動に結びつけることができればいいのです。
たとえばいつ地震が来るか分からないという不安があればこそ、非常食などの備えをしようと思う。一方、不安を感じない人は、根拠もなく「地震なんか起こるはずがない」と勝手に思い込み、なんの備えもしないでしょう。いざ、大地震が発生した時、どちらが生き残るかは明白ですよね。
この拙文を読んでらっしゃる方も、多かれ少なかれ、なんらかの「不安」を抱えていらっしゃるんじゃないでしょうか。あるいは自分は臆病だし、ちいさなことでクヨクヨしがちだと言う方もいらっしゃるでしょう。でも、それでいいのです。そうしたネガティブな感情はそのまま受け止めましょう。そして、ポジティブな行動でカバーするのです。
話が飛ぶようですが、ベストセラーを連発している出版社、幻冬舎の社長、見城徹氏のことはご存知ですか。
見城氏は、角川書店の編集者として活躍後、独立して幻冬舎を設立するのですが、設立当初から、たとえば、郷ひろみの著作「ダディ」の初版を50万部も刷るなど、大胆な行動を取ってきた人です。
(一般に、新刊の初版は、1万部前後です)
ところが、見城氏もご自身によれば、とても臆病な人間だそうです。細かいことまで考え詰めるために、いつも不安に苛まれています。だから、筋金入りの不眠症なのだそうです。しかし、逆説的ですがだからこそ、大胆な手が打てるのです。見城さんは、次のようなことをおっしゃっています。(『編集者という病い』見城徹著、太田出版から)
“いつもクヨクヨ考えているから、いろんなことを用意周到に埋めることもできるし、それがあるからターニングポイントで舵を逆に切ることができる”
見城さんに限らず、成功者と呼ばれる人たちの多くが、実はかなり小心者だということをご存知でしょうか。そして、将来の見通しについてどちらかといえば悲観的な考えをしがちです。「こんないい状態がいつまでも続くはずがない」などと考える。でも、そう考えるからこそ、状況が悪化した時に困らないように、今できる手を着実に打つことができるのです。逆に、あまりにも楽観的な人だと、うまくいっている時はいいのですが、まさに予期せぬ事態が起きた時、なにも準備ができていないからたちまち没落の憂き目に会う。超楽観人間の成功は長続きしないのです。
なお、将来の不測の事態に備えた準備を起こさせる「適度な不安」のことを、私は、「健全な危機意識」と呼んでいます。
キャリアデザイン基礎講座:第4回 キャリアの心構え
をお読みください。
by 松尾順


