
キャリアインタビュー:吉野健一氏
キャリアインタビュー:吉野健一氏(1)
吉野先生は現在、上野・御徒町にある吉野眼科クリニックの院長として、眼科医をなさっているわけですが、特にご専門とされている分野を教えてください。
私の専門は、英語では「オキュラーサーフェス」と呼ばれる分野です。'オキュラー'は「眼球」、'サーフェス'は表面、つまり「眼球の表面」のことです。
それに加えて,眼球の表面の前には「涙」がありますよね。涙は涙腺から分泌されますが、その涙が少ない病気が、「ドライアイ」です。そして「角膜」や「結膜」といった部位があります。近視や乱視を治す「屈折矯正手術」(一般に「レーシック(LASIK)」という名称で知られているもの)は、角膜を切除する手術です。
また、「コンタクトレンズ」は角膜の上に乗せ、近視や乱視などを矯正します。しかし角膜にとっては異物ですよね。細菌による感染症を起こしたり、ドライアイの原因になることもあります。一方、コンタクトレンズを用いて、重症なドライアイや角膜の障害を治療するといった利用方法もあります。コンタクトレンズも私の専門分野のひとつです。
要するに、具体的には、「ドライアイ」や、「屈折矯正手術」、「コンタクトレンズ」といったところが、私が長年にわたって研究と治療を続けてきた専門分野です。当吉野眼科クリニックでは、この研究成果と経験を活かして、大学病院クラスの医療水準で上記に関わる治療を行っているのが特徴といえるでしょうか。
なお、眼球の奥には「水晶体」があります。これが濁る病気がいわゆる「白内障」です。こうした眼科一般の治療も当院では対応しています。
吉野眼科クリニック以外の活動は何かされているのでしょうか?
東京歯科大学、および日本医科大学の眼科学の講師や、日本コンタクトレンズ学会誌の編集委員などを兼務しています。最近は,寝ている間に装用するコンタクトレンズで、日中の裸眼視力を向上させる「オルソケラトロジー」の治験メディカルアドバイザーやそのガイドライン作成委員も務めています.数年前には、NPOボランティアの白内障治療でバングラデシュに渡航したこともあります。
では、早速ですが、吉野先生のキャリア形成について20代の頃から教えてください。
私は日本医科大学を卒業した後、慶應義塾大学の眼科の医局(病院)に入局試験を受けて入りました。当時は普通、日本医科大学を卒業したら同大の医局に入るのが順当なキャリアですが、私はあえて外に出る道を選びました。
というのも、出身大学が同じ人たちが多い環境は仲間意識が強く居心地はいいのですが、私のような低きに流れる人間はその環境に甘えてしまうのではないかと感じたからです。今までの数ある挫折から自分がどんなタイプの人間かは分かっているつもりでしたので・・・
そこで、多少ストイックになって(笑)、慶応に行くことにしたわけです。外様修行とでもいいますか・・・
厳しい道を自主的に選択されたのですね。慶應義塾大学ではどんな仕事をされたのですか。
慶應義塾大学系列の病院で、数多くの診療や手術を行いました。また、アルバイトも許されていたので、他の病院でも働いていました。ただ3年弱ほどそうして現場の仕事に慣れてくると、「自分は眼科医としてちゃんとした勉強ができていない」と疑問に感じるようになってきました。
そこで、当時の師匠である坪田一男先生に、「そろそろちゃんと勉強もしたいのに、なかなか研究テーマを与えてくれる先生がいない」と訴えたんですね。すると、「テーマなんかいくらでもある。ドライアイの研究をやってみるか」と言われたのです。坪田先生はアイデアが豊富でご自身もドライアイに関心を持たれていたこともあって、私は早速「ドライアイ」の研究を始めました。1989年、私が29歳になった頃です。今から思うと,医者は自分の専門を見つけるまでに意外と時間がかかるものなのですね。
[吉野健一氏履歴]
昭和53年3月(1978)18歳 都立国立高校卒業
昭和61年 3月(1986)26歳 日本医科大学卒業
昭和61年 4月(1986)26歳 慶應義塾大学眼科学教室入局
昭和63年 1月(1988)28歳 共済組合立川病院眼科
平成 2年 7月(1990)30歳 神奈川県大和市立病院眼科 医長
平成 4年 7月(1992)32歳 米国 University of Miami,Bascom PalmerEye Institute 留学
平成 7年 1月(1995)35歳 慶應義塾大学眼科学教室帰室
平成 7年 5月(1995)35歳 吉野眼科クリニック開業
平成 9年 9月(1997)37歳 医学博士(慶應義塾大学)
平成10年 4月(1998)38歳 東京歯科大学眼科学教室 講師
平成10年12月(1998)38歳 慶應義塾大学先端医学研究所細胞情報部門研究員
平成14年6月(2002)42歳 日本コンタクトレンズ学会誌編集委員
平成14年7月(2002)42歳 日本医科大学眼科 講師
平成15年12月(2003)43歳 バングラデシュNPOアイキャンプ参加
平成19年10月(2006)46歳 オルソケラトロジーガイドライン作成委員



