
キャリアインタビュー:妹尾堅一郎
キャリアインタビュー:妹尾堅一郎(3)
その後はとんとん拍子で研究者の道を進まれたというわけですよね。ご自身のキャリアを振り返って、どんなことをお感じになりますか?
私は学生時代、地域経済や都市計画の研究をしていました。フィールドワーク、つまり現場に出かけていって自分の目で確かめ、どうしたら地域が活性化されるかということを考えていたのですね。こうした研究は、様々な学問分野にまたがる学際的なものです。実は、私の卒業論文は、「空間における人間行動」がテーマで、ケーススタディは「銀座における歩行者行動」。当時導入されたソニービルのスクランブル交差点によってどう人の行動が変わるかなど分析しました。
大学卒業後は、富士写真フィルムで、人事やマーケティングに携わり、留学を経て研究者の道に入ってからも、様々な分野の経験を積んできて、一種の「雑学系雑種」という珍しいタイプの研究者になりました。そして、学生時代から30年を経た今、秋葉原というフィールドを得て、学生時代に取り組んだ都市計画の世界に、それらの学際的な知を引っさげて戻ってきているわけです。
こうして自分の生きてきた道を振り返ると、人生どうなるかわからないものだなとつくづく思います。だから、キャリアデザインとしてよく説明される、キャリアのゴールを明確に設定し、そこまでの厳密な計画を作成すべきだとする「西洋航海術的なやり方」には違和感を持っています。むしろ、「南太平洋的な航海術」、つまり、あっちいったりこっちいったりしながら、いつの間にか自分が納得いく世界をみつけていくといったキャリアの方がしっくりくるのです。
その「あっちいったり、こっちいったり」というのはどういうことでしょうか?
それは、自分と環境とその両者の関わりを探索学習するということです。
具体的に言うと、自分はどんな人間なのか、自分はどんなことが好きでワクワクするのか、あるいはどんなことに適性があるのかといったことなどに、理解を深めていくこと。あるいは、自分自身に気づいて、それを変えていく。変わっていく自分を楽しめること・・・等々ですね。
しかし、それがわかるためには、とにかく行動を起こしてみるしかない。だって、自分の好みや適性は、実際やってみないとわからないでしょう。試したことのない食べ物について好き・嫌いを言えないのと同じです。
だから、考えすぎて行動に起こせなくなるくらいなら、とにかく飛び込んみて一所懸命やってみる。で、いろいろと経験して、それを通じて「気づいたり・学んだり」したほうがいい。ただし、いったん始めたらとことんやることが大事です。そうしないと「次」が見えてこない。とことんやるから、自分の可能性や限界が見えてくるんですよ。逆に、中途半端なところで、これも違う、あれも違うと判断してしまうといつまでも先が開けません。
最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
私は学生に対して、18歳で自分のキャリアのゴールを決めていいのは、プロ野球選手の松坂と歌手の宇多田ヒカルだけだと言ってきました。こうした芸術やスポーツの才能に恵まれた人は例外的な存在です。
一方、ほとんどの人は、先ほど言ったように、自分は何が好きか、何ができるのか、何が向いているかは、実際にやってみなければわからない。だから、自分のキャリアをきちんと考えることは大事だけれども、「明確なゴールを決めねばならない」という「ねばならない」という考えにとらわれる必要はありません。「明確なゴールを決めてしまうこと」は、実は「他の可能性を排除してしまうこと」と裏表なんです。自分が何にワクワクするのか、それに人は一生をかけるのが普通じゃないでしょうか。
こういうと、多くの人がほっとした顔をします。ぜひ、自分や環境や両者の関わり方を探索学習する、つまり自分と回りの関係について一つでも多く気づいて欲しい。ただ、これは最近言われる「自分探し」とは違います。「自分探し」は、自分の内面ばかりを掘り下げすぎて堂々巡りをするようなイメージがありますが、私のいう「自分を探索する」というのは、積極的に外に出て異質なものと出会い、それらとの関係性の中で自分というものの意味や、役割なり、位置づけなりをつかんでいくことです。
昔、詩人の寺山修司は、「書を捨てよ、町を出よう」と言ったけれど、私は、「書を持って、町を出よう」と言っています。というのも、異質なものとの出会いは、2つしかないからです。ひとつは「書物」。書物を通じて古今東西、古代から現代までさまざまな人々の思想にふれることができる。もうひとつが「旅」。自分の知らない世界を旅することが、ひるがえって自分というものの存在をしっかりと認識する機会になるのです。
(聞き手:松尾順)


