
キャリアインタビュー:吉野健一氏
キャリアインタビュー:吉野健一氏(3)
医者になると決めた当初から、病院の勤務医ではなくて、自分で開業することを念頭に置かれていたということでしょうか?
そうですね。慶應義塾大学病院で働いていた頃、「君は、いい診察をするね」とある先輩医師から言われたことがあります。私は、とにかく患者さんの話をよく聞き、また納得してくれるまで説明するのが好きなのです。自分で言うのもなんですが、先輩医師はこうした私の姿勢を評価してくれたのでしょう。
もし、患者さんが診察を終えて私の診療室を出るときに、ちょっとでも首をひねるような動作が見えたら、私はとても不安になります。ですから、一人ひとりの患者さんにできるだけ十分な時間を取って、理解していただけるまで説明を繰り返すことを厭いません。開業医の場合、こうした患者さんに対してより親身な診療が必要だと思います。そして、そのやり取りが人間的で私は好きです。
うれしいことに、私はまったく意識していなかったのですが、第三者機関が実施した「患者が決めた!いい病院ランキング」の眼科部門」で第1位に選ばれました。
それは、素晴らしい事ですね。吉野先生は、患者さんの立場に立ち、親身に話を聞いてくれる、またきちんと説明してくれるお医者さんとして認められたのでしょうね。
吉野先生がそうした診療方針を採用されているのには、何かきっかけがあったのですか?
きっかけというわけではないのですが、次のようなことがありました。それは、ある患者さんの手術がうまくいかず、その患者さんに、病院を訴えると言われた事件です。この手術は、当初からうまくいかない可能性があることは説明済みでしたが、やはり患者さんは納得できなかったのですね。
当時、この患者さんを担当した4人の医師のうち、私を含む3人は、確かに手術は期待通りの結果になったわけではないけれども、事前に説明もしてあるし、やるべきことはやったのだから訴訟でも負けるはずはない、受けて立とうじゃないかという考えを持っていました。
しかし残りの一人、それは坪田先生でしたが、患者さんの望んでいることをちゃんと聞こうじゃないかと言われたのです。結局、その患者さんの要求の中でできることは、すべて対応しよういうことになったのです。それで、患者さんのさまざまな要求に一生懸命応えていたら、最後には「よくここまでやってくれた」と感謝され、上げた拳を下ろしてくれたのです。
私はこの患者さんとのやりとりを通じて、自分と患者さんのどちらが正しいか、正しくないかではなくて、患者さんが納得してくれることが大切だということを学びました。端的に言えば、病気だけを診ればいいということではなく、人としての患者さんの全人格を受け止めて治療に当たることが必要ということでしょうか。そのためには、患者さんとの十分なコミュニケーションが大事なのです。
患者さんとはどんなコミュニケーションを心がけられていますか?
私は、患者さんの病状だけでなくて、家庭環境や普段の生活習慣などについても詳しくお聞きするようにしています。そうすると、病気になる原因や背景が見えてくることがあるのですね。患者さんとしても、雑談をすることがとてもうれしいようです。患者さんと意味のない雑談と思えるような会話をすることは,こちらの情報源としても患者さんの満足度を上げるといった意味でも有効な手段だと思います。雑談の中にこそ真実が露呈されるということがよくあります。
また、診療室のモニターで、外の待合室の込み具合が確認できるようにしてあります。これは、患者さんの待ち時間を勘案して、できる限りバランスの取れた診察時間を調節することが目的なのです。込み合っていたら待ち時間の長さからくる患者さんの不満解消のため診察ピッチを上げる。すいていたらなるべく雑談を心がけるといった具合です。
なるほど!いい病院ランキング眼科部門1位も当然の結果だと思います。では、最後に読者の方に対して、成功するキャリアの秘訣についてアドバイスをお願いできますか?
そうですねぇ・・・ひとつは、「場を読めるようになること」でしょうか(がむしゃらな私を知っている方の中には苦笑する人もいるかもしれませんが・・・)。
どんなに一生懸命になっても、相手がそれを迷惑だと感じれば、成果にはつながらず、徒労に終ってしまいます。相手と自分を取り巻く場がどんな状況か、また相手が何を望んでいるかを踏まえた上で適切なタイミングで適切な対応をすることが、どんな仕事であっても大切なことじゃないでしょうか。
それと、働く場所は、選べるのならなるべく高いレベルの場所を選んだ方がいいです。同じ労力を費やしてもトップクラスの場所とそうでないところでは、成果の質が違います。あらゆる手段を使って自分に有利な身の置き場所を探す努力をすべきです。まあ、これは誰でも簡単に実現できることではないのですが。
また、私は決して成功者であるなんて思ってもいませんが、仕事に対する根本的な考え方として大事なのは、「成功(努力の対価)は後からついてくる」ということです。成功することや、金もうけ自体を目的にするとうまくいかないように思います。そして一旦身の置き場所を定めたら色気を出さず「場を読みつつにがむしゃら」が肝要です。
私の場合で言えば、優れた医療サービスを提供し、患者さんに納得し、満足してもらうことが第一義の目的。これには努力が必要です。そして、何かいやらしい言い回しになってしまいますが、その結果として相応の収入が後からついてくるものだと考えています。どんなビジネスでも、この点は共通する部分があるのではないでしょうか。
(聞き手:松尾順)



