
キャリアインタビュー:越純一郎氏
キャリアインタビュー:越純一郎氏(1)
越さんは、1978年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行で、M&Aやインベストメントバンギングなどを手がけられた後、2000年に経営者として独立され、秋田の企業グループの再生、教育関連会社の業容拡大などを社長、会長、あるいは社外役員として実現してきました。秋田では、瀕死の企業グループの止血・リストラ、組織活性化、販売拡大と安定収益基盤の確立を、自ら前線に立って約3年で経営再建を成し遂げ、その後、5年連続の黒字の目処をつけて会長に退かれたそうですね。
本日は、同社所在地の秋田からお帰りになったばかりでお疲れのところ、インタビューにご協力くださりありがとうございます。では、まず日本興業銀行に入行された動機をお聞かせください。
私は、小さい頃から国家公務員にあこがれていました。小学校で「三権分立」を教わりましたが、中学になると行政のパワーが強いことを知りました。有力な政治家の大半も官僚出身者だと知りました。それで、役人となろうと思い、大学もその線で選び、また東大卒業前年の77年に上級国家公務員試験法律職に合格しました。
でも、結局、官僚にはならず、日本興業銀行に入られたのですね。
経済学の講義で、「小さな政府」という考え方を知りました。政府機能は小さければ小さいほど良い、その方が社会厚生(Social Welfare)は大きくなるという事実ですね。また、段々と社会のことが見えてくると、どうやら社会を本当に支えているのは「官僚」ではないらしいとわかってきた。そこで、民間に行くことに決めました。霞ヶ関の某省庁からは来てほしいという話もあったんですが、結局、子供の頃からの夢であった高級官僚の道を最後の最後で止めたのです。これは、私の人生でも、最高の素晴らしい選択であったと思います。
そして今でも、民間こそが、この社会を本当の意味で支えているという確信をお持ちなのですね?
元外務省の岡崎久彦氏(現NPO法人岡崎研究所所長)の著書に、次のような一節があったと記憶しています。
「民主主義は、豊かな産業社会にしか定着しない。貧しい社会には、共産主義、もしくは民族主義しか生まれなかった。地球上の人類の歴史において、これには例外はない」
この「豊かな産業社会」を作り上げることは、様々な職業の人たちがそれぞれ重要な役割を果たしてきたことは言うまでもありません。医者、教師、弁護士、プロ野球選手など、それぞれ重要です。しかし、やはり、中心的な役割を果たしてきたのは、何と言っても実業界の「実務家」ではないでしょうか。
実務家こそ、豊かな社会の実現のために、実業を通じて大きな役割を果たしているのです。こうした「社会的な使命」担っていることをビジネスパーソンは自覚している必要がある。この点について言えば、今の30代の人たちは時代に乗り遅れている世代じゃないかと、私は感じているのです。
「30代あたりのビジネスパーソンが時代に乗り遅れている」というのは、どういうことでしょうか?
たとえば、20才代の世代に燎原の火のごとく巨大なインパクトを与えている社会起業家(ソーシャル・アントルプレナー)の台頭に、30才代には気づいていない人が多いようだという点があります。
一例を挙げましょう。私が支援しているNPO法人に「かものはしプロジェクト」( http://www.kamonohashi-project.net/)という団体があります。現在25歳になる女性が5年前に立ち上げた同団体は、カンボジアの児童売春防止と犠牲者の救済を目的とする活動を行っています。売春被害から子供たちを守るために、その根本原因である貧困と取り組んでいます。職業訓練センターやPC教室を現地で運営し、経済的自立を支援しています。
現在、「かものはしプロジェクト」の活動資金は年間5千万と1億円の間くらいです。うち、国からの補助金や寄付金などは1千万円程度に過ぎません。残りの活動資金は、企業のWebサイト制作サービスなどの収益でまかなっている。システムエンジニアである元東大生の男性が、こうした企業向けのサービスを提供するIT事業部を率いています。彼は、これのために東大を中退して、かものはしの共同代表になりました。また、カンボジアにいる2人の海外駐在員、彼らも20代で、それぞれ青山学院とハーバードの出身ですが、月給600ドル(6万円)で現地の子供たちのためにがんばっている。
この団体で働く別の女性は、英国留学後、社会問題に取り組むような仕事をしたいと考え、自らインターネットでかものはしを見つけ、航空会社の内定を捨てて参加しました。
このように、「社会的な使命」を明確に意識して仕事に取り組む若者たちが日本各地に登場し、それが大きなうねりになりつつあります。現在大学生の私の次男も、卒業後の進路として、会社に就職するか、それとも自分でNPO法人を立ち上げるか、どちらにするかを考えているのですよ。
「チェンジメーカー ~社会起業家が世の中を変える」という、社会起業家を目指す若者たちのバイブル的な本があります。この本は、意識の高い若者はたいてい読んでいる。ところが、30代以上でこの本を読んだことのある人は、ほんのわずかしかいないようです。
要するに、今の30代くらいの人たちは、「社会的使命感」や、「志」(こころざし)といった意識が希薄なまま、ただ自分のためだけに働いている人が多いんじゃないかと思うのです。しかし、私利私欲だけで仕事をやっていると思っていると、限界がきます。
NPOなどだけが社会に貢献しているのではありません。先に述べたように、実業こそ社会貢献そのものになりえるものです。これなくして、社会の福祉も進歩も発展もありえません。できれば早い段階で、自分は企業活動のもつ社会貢献の意義を明確に意識した上で働くことが重要だと思います。
越さん自身は、そうした社会的使命感をいつ意識されたのですか?
小さい頃より意識していました。でも、キレイゴトでは何もできません。何事かを成し遂げるには、実力の裏づけが必要です。まして、自分の衣食住などすら不十分であれば、他者のために少しは何かをできるかもしれませんが、自ずと限界があります。ですから、必死で腕を磨き、実務を体に叩き込む年月を送りました。
秋田に来て、日曜の朝、献血に行く道すがら、若い親子連れなどが私の両側を通り過ぎるのを見て、思わず涙がこみ上げてきたことがあります。
「そうだ。自分は、こういう普通の人たちがちゃんと幸せになれる世の中にしたいと思って、何年も何年も修行してきたのだ。自分は来るべきところに来たのだ。」
「自分は秋田に地縁も血縁もない。しかし、なぜなら、自分の腕でしか解決できない問題がここにある。自分が身につけた実力で救える企業がここにある。自分は来るべきところに来たのだ。」
と思いました。
実は、私だけではなくて、私の同業の方や、友人などにも、そうした方々がたくさんいます。また、そうした人々を「偉いね」とか「それって尊いことだよね」とか、理解したり、共感したりする能力は、私の経験ではほぼすべての日本人にあります。


