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キャリアエッセイ(キャリア塾 on site)

2007年11月20日

「高速道路」と「けものみち」(1)

こんにちは!
A・ヒューマンキャリア塾塾長の松尾です。

ベストセラー『ウェブ進化論』の著者、梅田望夫さんの最新刊、

『ウェブ時代をゆく -いかに働き、いかに学ぶか』

はもうお読みになりましたか。こちらもはやくもベストセラーになってますね。

『ウェブ進化論』が、インターネットが世の中をどう変えてしまおうとしているのかを中心とした内容だったのに対し、『ウェブ時代をゆく』は、サブタイトルの「いかに働き、いかに学ぶか」という言葉通り、インターネットがもたらした現代の状況のなかで、どのようなキャリアをつくるべきかについて深い示唆を与えてくれる内容となっています。

ですから、あなたもぜひ、この本をじっくり読んでほしいと思うのですが、今日は、同書の中から肝と感じたところを簡単にご紹介したいと思います。

梅田氏はそもそも、ネットという技術のもつ性格のうち、次の5つの点で大きな希望を抱いているそうです。

(1)ネットが「巨大な強者」(国家、大資本、大組織・・・)よりも「小さな弱者」(個人、小資本、小組織・・・)と親和性の高い技術であること

(2)ネットが人々の「善」なるもの、人々の小さな努力を集積する可能性を秘めた技術であること


(3)ネットがこれまでは「ほんの一部の人たち」にのみ可能だった行為(例:表現、社会貢献)を、すべての人々に開放する技術であること


(4)ネットが個の固有性(個性、志向性)を発見し、増幅することにおいいて極めて有効な技術であること


(5)ネットが社会に多様な選択肢を増やす方向の技術であること

そしてこれらの性格をよく現すものとして、ネット上でしか出会うことのなかったであろう「不特定多数無限大の人々」が協力して何事かが達成される「オープンソース現象」や、「マスコラボレーション現象」、これまで表現の機会すら持たなかった無数の人々の知が集積されることで、その総体が専門家のそれを上回る「群集の叡智」(Wisdom of Crowds)現象を梅田氏は挙げています。「群集の叡智」と言えば、仕事でも頻繁に参照するようになった便利なネット上の百科事典、「Wikipedia」が典型例でしょうか。



さて、梅田氏は、上記のような点で、私たちの将来について非常に楽観的でありながらも、一方で、そこはかとない不安を感じるそうです。その理由は、「知と情報」に関する圧倒的な変化が、「私たちの職業のあり方」(ひては人生計画)に激震をもたらすのではないかと予感させるからだと書いています。

梅田氏の言う「総表現社会」(国民全員とは言わないまでも、以前よりもはるかに多くの個人が自ら情報を発信していく社会)の到来によって、次々と新しい表現者が登場し、同時にこうした表現者の知が、グーグルなどによってあっと言う間に整理・整頓されてネットで無償で提供されてしまうのが現代。

こんな時代に、「知」の生産にかかわる職業に就いている人は、「飯が食えなくなるのではないか」と不安を持つのは無理もないことでしょう。

よく考えてみれば、この記事をお読みの方も多くは、なんらかの形で新たな知識を生み出し、それをクライアントに提供することで対価を受けているのではないでしょうか。豊富な知が無償で手に入るネットによって、情報収集はやりやすくなりましたが、私たちが新たに生み出す「知」に対する価値(対価)も今後低下していく可能性がありますよね。



また、梅田氏は、上記に加えて重要なこととして、私たちが人生の早い時期に経験する「専門性や実務能力(人生を切り拓いていく拠り所」を身につけていく学習のプロセスとその意味」をめぐって大きな変化が起きている点も指摘しています。

これはどういういことかというと、いったん言語化された知がネットを介して容易に共有されるこれからの時代は、ある分野を極めたいという意志さえ持てば、あたかも高速道路を疾走するかのようなスピードで、効率よく過去の叡智を吸収できるということです。こうした「学習の高速道路」が、あらゆる分野に敷かれつつあると梅田氏は書いています。

ただ、この「学習の高速道路」を使って、誰でも「その道のプロ寸前」までは高速に移動できるものの、その先で大渋滞が起きているのだと言ったのが将棋の羽生善治氏でした。そしてその先を目指す、つまり「その道のプロ」として飯を食い続けていけるかどうかは、大渋滞に差し掛かったあとにどう生きるかの創造性にかかっている。羽生氏はこのような問題提起をしたのです。

ただし、どちらの道を目指すにしても、自分の「向き不向き」と向き合い、自らの志向性を強く意識し、「好きを貫く」ことこそが競争力を生むと考えているのだそうです。


さて、前述の2つの選択肢のうち、最初の「高く険しい道」を目指す人を梅田氏は「ネット・アスリート」と呼んでいます。具体的な人物を挙げるとするなら、将棋の羽生氏や、野球のイチロー、松井選手などのことを指すのでしょう。

ネット・アスリートは、自分が選んだ高速道路を走りぬき、その先の大渋滞を抜けて専門を極め、それで飯を食う人たち。厳しい生き方ではありますが、やりがいのある素晴らしい人生だと梅田氏は讃えています。私も同感です。とはいえ、ネット・アスリートとしてその道でトップを争うようになれるためには天性の才能や素質が必要で、その道を極めることができるのはごく限られた人になってしまいますよね。


そこで、梅田氏は、彼なりに何年か考え続けて出した結論を示してくれています。ちょっと長いのですがそのまま引用します。

“大渋滞の存在にかかわらず、自分が好きなことについて目の前に高速道路が広がっているのだから、とにかく行けるところまで突っ走ってみよう。そして仮に大渋滞に差し掛かったら、その専門をさらに突き詰めて大渋滞を抜けようとするか(「高く険しい道」)、そこで高速道路を降りて、身につけた専門性を活かしつつも個としての総合力をもっと活かした柔軟な生き方をするか(道標もなく人道がついていない山中を行くという意味で「けものみち」と呼ぶ)、そのときに選べばいいじゃないか。一つの分野で「好き」を突き詰めて「知の高速道路」を大渋滞まで疾走して一芸に秀でる経験は、のほほんと生きている多くの人たちに対して、絶対的な競争力を持つはずだ。そう信じることだ・・・”

つまり、まずはとことん一つの道を極めようとできるところまでがんばってみる。

その道のプロになるための大渋滞を抜けられるかどうかは、その対象にどこまで没頭できるか、また才能があるかどうかにかかっていますが、その時点では自分の能力をある程度客観的に判断できるようになっていると思います。そこで、さらにその道を追求することにするのか、おそらくちょっと残念なことだけど、その道をあきらめて、これまでの専門性をベースに新しい生き方を模索してみる。

おそらく、一般のビジネスパーソンの方なら、まさに30歳前後がこんな決断を迫られる時期ではないかなと私は思います。キャリアにおける最大の節目、転機ということです。

「高速道路」と「けものみち」の話は、「Web時代をゆく」を紹介しながら来週も続けたいと思います。


by 松尾順