
キャリアインタビュー「この人に聞きたい」:本田技研工業株式会社 篠原道雄氏
この人に聞きたい:本田技研工業株式会社 環境安全企画室 室長 篠原道雄氏(3)
エンジニアとして新しい人生をスタートした篠原氏。一歩一歩、キャリアを重ねていた篠原氏ですが、その道のりは順風満帆というばかりではなかったようです。
順調に会社の中でステップアップされてきたのですね
本田技研工業株式会社
環境安全企画室
室長 篠原道雄氏
でも、ずっと順風満帆だったわけではないですよ。30代の半ばの時は本当に苦しい時期でした。会社の中で顔が売れていたし、「商社出身だけど、技術が分かっている」と評されてましたから、最先端の技術に挑戦する機会を与えられたんですよ。
まだホンダの誰もが体験したことない技術だったから、答えが誰もわかっていなかったんです。そしてその予備実験が大成功したんです。見込みがあるというデータが出て、意気揚々とレポートを会社に提出しました。そして会社もゴーサインを出し、1億円かけてその装置を導入して、本実験が始まりました。
でも結果が出なかった。その新しい技術というのは、エンジンのある部分を非接触でレーザーの光をあてて検出することにより、排気ガスの状態をスペクトル分析で解析するという技術でした。1億円もの投資をしているのに、結果が出ず本当に苦しかったですね。
涙が止まらない日もありました。
そんな時、上司との諍いが起こり、そのプロジェクトから外されてしまったんです。自分を受け入れてくれるセクションもなく、入社間もない人間が担当するような仕事を回され、非常に悔しかった。
「頭じゃなくて、体を使って働け」なんてことも言われて、何度も退職を考えました。実際に履歴書も書きましたし。でも、本質では負けてないと信じていたから、「辞めてたまるか」と2年間頑張ったんです。
その頑張りを認めてくれた人がいて、新しいエンジンのプロジェクトリーダーに任命されました。それがステップワゴンの4連スリーブブロックエンジン研究の仕事です。
辛い時に篠原さんを支えたものは何だったのでしょうか?
100人くらいいた当時の仲間ですね。ほぼ全員が、「あなたは間違っていない、悪くないから頑張れ」と言ってくれたんですよ。色々な部門の人間が精神的なサポートをしてくれた。
あれは本当に有難かったですね。
仲間がいたからこそ頑張れましたし、それがその時の自分の支えでした。その数年間、自分にとって本当に辛い時期だった。毎日お酒を飲んでは泣いてました。だけど、今思い返すと非常に良い経験になったのも事実です。あの時の経験が今の自分の糧になりましたね。何より打たれ強くなりました(笑)。
現在、篠原さんが取り組まれている環境安全については各メーカーが競って、技術開発に取り組まれてますよね
企業自体の志が高くないと環境対応は出来ません。全てにお金がかかりますからね。燃費を良くすること、ハイブリッド・燃料電池の開発など全てにお金がかかります。
また、同様に時間もかかりますし、当然リスクを伴います。技術も幾通りの選択肢を用意しなければならないんです。他社に遅れをとるわけにはいかないですからね。構造や開発過程については、常に消費者も注目していますので環境対応がしっかりしている車だと、セールスアップにもつながります。
今私は、16年の技術者としての経験から学んだ、自動車エンジンについての知識を環境対応ともリンクさせながら、環境安全企画の責任者を務めています。30代の開発の経験は今の仕事に非常に活きています。


