
キャリアインタビュー「この人に聞きたい」:本田技研工業株式会社 篠原道雄氏
この人に聞きたい:本田技研工業株式会社 環境安全企画室 室長 篠原道雄氏(2)
商社からメーカーへ転職されて、ガラッと変った環境の中で、篠原さんはどのように自分のアイデンティティを確立していったのでしょうか。
商社からメーカーへ転職されてから、いかがでしたか?
本田技研工業株式会社
環境安全企画室
室長 篠原道雄氏
1社目は東京に本社を構えるハイカラな商社でした。会社の雰囲気も洗練されていたし、アフター5も華やかだった。それが、田園地帯に隣接した研究所に通うようになって、服装も‘つなぎ’になって、まるで工業高校に入学したような気持ちでした(笑)。残業も深夜に及ぶことも多かったですし、まさに環境はガラっと変わりましたね。
入社してすぐに配属されたのは、試作品の性能をテストする「テスト部門」でした。オイルにまみれながら、手も真っ黒になり、職場環境においては商社とのギャップは大きかったです。
また、最初に担当したのはキャブレター(車の燃料を供給する装置)の部品であるジェットの特性を調べて、箱に選別していくという仕事でした。要するに、一日中ネジを数えていたんですよ(笑)。
でも、とにかく車が好きだったし、現場の面白さを実感することが多かったですね。ガラっと変わった環境にもすぐに慣れることができました。
キャリアアップのきっかけとなったエピソードなどありますか?
当時は、人材に対する教育は全く重要視されていなかった。つまり、「人材を育てる」という感覚が希薄で、とにかく「モノを作る」ということが先行していたんです。経験年数や入社年次、学歴なんて一切関係なく非常にフラットな環境でした。
従業員数も多いし、技術の分野では未経験で入社しているので、組織でのし上がって行くには、自分のアイデンティティを会社に知らしめなければいけないって漠然と考えていましたね。
そんな時に、上司から海外の技術に関する英語の論文を渡され、それを訳して社員にプレゼンをしなさいと言われたんです。商社出身とはいえ、英語は得意ではなかったんですが、これは良いきっかけになると思って徹夜をして必死で翻訳しました。
当時はパワーポイントもなかったので、大きな模造紙にコピーしたグラフを貼ったりして分かりやすいプレゼンをしようと頑張りました。その甲斐あって、高評価を頂き、周囲の自分を見る目が変わりましたね。
そしてその後、「環境ラボ」という設備の責任者に任命されました。環境ラボというのは特殊なテスト装置の一つで、減圧して気圧を下げたり温度を変えたり、ありとあらゆる気象条件を再現できる設備です。環境ラボには、技術系の全ての部門のスタッフが使用するのでそのおかげで、同期の中途入社社員の中で自分は一番の有名人になりました(笑)。
ホンダは人前でもはばかることなく主張をぶつけ合う会社ですよね
特に当時はその文化が色濃かったですね。自分もそうでしたし。自分がいた環境ラボにも、スパナとトンカチを振り回しながらケンカしている人達をよく見かけました(笑)。ワイワイガヤガヤと、まさに自由な高校みたいでした。最近ではそういう場面は滅多に見かけませんけどね。
でも、根底は変わらないですよ。「裃を着ない、人目をはばからない」これはホンダの素晴らしい文化だと思います。そういう環境だからこそ、自分のアイデンティティを確立するのには苦労しました。経験もなかったし、とにかくイキがりながら努力をして、色々なことを仕掛けようとガムシャラでしたね。


