キャリア塾

キャリアインタビュー:高橋みどり氏

(株) Oens (オーエンス)
代表 髙橋みどり氏 イメージング・ディレクター
midroom

2008年6月6日

キャリアインタビュー:高橋みどり氏(1)

髙橋さんは、広報、広告、販売促進、そしてブランディングのプロとして、メルローズ、バーニーズジャパン、ジョルジォ アルマーニジャパンなど、著名なアパレルブランドメーカーやショップで活躍されてきました。現在は、2005年に立ち上げた(株)Oensの代表を務めてらっしゃいます。
ちなみに「Oens(オーエンス)」という社名は、有名なコピーライター、眞木準氏が名付け親で、「応援する」という言葉から取ったものなのだそうです。

髙橋さんの肩書きは「イメージング ディレクター」となっていますが、具体的にはどんなお仕事をされているのでしょうか?

髙橋みどり氏 イメージング・ディレクター (株) Oens (オーエンス)代表
髙橋みどり氏 イメージング・ディレクター
(株) Oens (オーエンス)代表

私は、長年PR(広報)、広告、プロモーション(販売促進)などを手がけてきました。そして最近では特に「ブランディング」を得意としています。

これまでは、在籍した各アパレルメーカーのお店をオープンさせたり、新商品発売に当たってのブランドづくりを主にやってきたわけですが、これからは、ブランディングの対象を会社や人などへも拡げていきたいと考えました。

例えば、上場を控えた企業の受付のデザインや社長さんのファッションなどを見直してもらったり、社員の意識改革を行うなど、上場企業にふさわしい格を感じさせることのできる会社のイメージを打ち出すお手伝いをするようなことです。

そこで、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、あえて「イメージング・ディレクター」という肩書きを掲げています。

この肩書きをつけた背景には、最近は物事や人の見た目、第一印象、つまり「イメージ」が与える感覚的、感性的な部分がますます重要になっているという認識があります。先ほどの例で言えば、とても立派な会社と思っていたのに、実際に訪問してみたら受付がみすぼらしかったり、社長さんの装いが古臭い感じの人だったりすることがありますよね。

これではこれからの時代、生き残っていけないということで、ブランディングという枠組みの中でも、特に「イメージ」に着目したマーケティング支援をしています。

実際に手がけられた案件として、具体的にはどのようなものがありますか?

髙橋みどり氏 イメージング・ディレクター (株) Oens (オーエンス)代表

ある不動産会社では、従来よりも高額な物件を売り出すに当たって、対象となる顧客層が従来と異なり「富裕層」となるため、彼らをもてなすにふさわしい会議室や応接室など接客の場となる場所の内装をどのように変えるのかといった店舗づくりのプロデュースを行いました。

またメーカーで言えば、古臭いイメージをどのように刷新するか、あるいは、従来テーブルウェア分野で展開していたブランドが新たにファッション分野に乗り出すような場合に、どのようにブランドを拡張していくのかといったようなお手伝いもしています。

また独立してからは、伝統はあるものの時代遅れとみなされて厳しい経営状況に追い込まれているブランドを再生する仕事も数多く手がけています。特に日本の古いブランドやメーカーの再生には力を入れていますね。日本のそうした企業は売り方が下手だったり、ちょっとデザインが古かったりして今は苦戦しているけれども、実はとてもいいものを持っているわけです。

ところが、中にいる人たちは、自分たちの良さは有り触れたものと決め付けてしまい、その良さが見えなくなっていることが多いのです。

あるバック屋さんのアーカイブを見せていただいたのですが、かわいいバックがあったのです。それは、現在は売られていなくて、70年前くらいに製造されていたものですが、今見てもとても魅力的だったのです。そこの社長に言わせると「そんな昔のデザインのどこがいいの?」なのですが、私にすれば、現在の嗜好に合わせて、ちょっと大きさや素材を変えたりすることで売れるに違いないと思える商品だったのです。

そこで、「これはきっと売れるから再発売しましょう」と提案するわけです。こうして、いわゆる「復刻版」として出した商品が想定通り人気を集めると、私のことを「予言者」と呼ぶ人が増えました。その理由はこの商品は人気が出ますよと言って、実際に売れ、プレスの方の評判も上々だったからです。でも、私は時代のニーズを読み、確実に売れるようにマーケティングをしているだけで、決して予言しているわけじゃないのですけどね・・・。

では、髙橋さんのキャリアの軌跡を振り返ってみたいと思います。最初の仕事はテレビ番組のレポーターだったそうですね?

はい。私が大学を卒業した年は第二次オイルショック直後の就職難の時代でした。しかも、女性は4大卒はいらない、短大卒の採用が優先というのが企業の採用方針です。 それでも、私は、なんとか某商社に内定をいただいていました。ところが、私は突然「テレビ局のアナウンサーになりたい」と思ったのです。とはいえ、コネがあるわけでもなく、縁故採用が中心のテレビ局に入る手立てはありませんでした。そんな時、新聞でテレビ朝日の女性向け番組のレポーターを一般公募しているのを見つけました。私は、この仕事を通じてアナウンサーへの道が開けるかも知れないと思い、応募することにしたのです。 この番組は、月~金曜日まで毎日放送する5分間もの。月曜日はファッション、火曜日はグルメといったように毎日特定のテーマに基づいてあちこち取材する内容で、5人のレポーターが日替わりで登場するものでした。公募には1,500人くらいの応募があったそうですが、運よく私もレポーターの1人に選ばれたのです。 そして、ディレクターから割り当てられたテーマはファッションでした。しかし当時、女性としてファッションには人並みの興味はありましたが、どうしてもファッションを担当したかったわけではありませんでした。